店長日記

野村浩志さん (日本観光鉄道 代表 元 山形鉄道株式会社(フラワー長井線) 代表取締役社長) を偲んで 業務用クリスマスイルミネーション販売通販専門店 株式会社日研通商



2025年2月28日 日本観光鉄道 代表 野村浩志さんが、享年58歳という若さで旅立たれました。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

当日の朝、私は北海道出張中で新千歳空港近くでレンタカーを返却後、空港へ向かう送迎バス車内で、知人より野村浩志さんの訃報連絡が入りました。
言葉がありませんでした。
物凄い喪失感が襲ってきました。

空路富山に戻り、奥さまにご連絡しご都合を確認後、通夜前日の明日であれば終日都合が良いとのことでしたので、翌朝、車で山形市のご自宅に弔問に伺いました。

野村浩志さんは、
大学卒業後、株式会社読売旅行に入社、大宮⇒新潟⇒山形でご活躍され、山形営業所では所長を務めていらっしゃいました。

その後、「公募社長」として
山形鉄道株式会社(フラワー長井線)の代表取締役社長に就任され、2009年から2015年までの6年間にわたり、黒字化を目指し観光面での集客力向上、沿線地域活性化、上下分離化推進にご尽力されました。

その後、2015年に退任後、「日本観光鉄道」を起業、全国各地にて、地域活性化事業、研修・ワークショップ・講演など幅広く行っていらっしゃいました。

鉄道好きの方であれば、ご存じの方も多いかと思います。

以下、長文になりますが、ご興味ある方は読んでいただけますと幸いです。

弊社は「地域活性化」「ローカル鉄道活性化」重要性に気付いたのは、野村浩志さんと行動を共にした経験に基づいています。
全国各地でローカル鉄道廃止議論が出てきている昨今、観光庁から盛んに提唱されているインバイト誘客、ナイトタイムエコノミーなど、廃止とする前に、貴重な観光資源として利活用し、地域交通を守ることができないかという視点で見るようになりました。

山形鉄道社長在任中の2012年1月以降、東日本大震災の影響が色濃く残る最中、学生時代からの長年の友人ということもあり、東北の旧国鉄赤字ローカル線で奮闘されている野村さんから幾度となく様々な協力要請があり、イルミネーション、ライトアップの他、車内販売などツアー客対応、企画立案・知恵出しなどに協力させていただくため、約50回にわたって山形県長井市に伺いました。周辺の南陽市、白鷹町、川西町をはじめ、野村さんのお住まいのある山形市にもよく伺いました。

初めて山形鉄道沿線に伺った際、羽前成田駅、蚕桑駅周辺で活動されている住民グループの皆さまを、相次いで紹介いただきました。
羽前成田駅は「おらだの会」、蚕桑駅は「蚕桑駅前夢プロジェクト」の皆さまです。
羽前成田駅では、後に登録有形文化財に指定された歴史ある駅舎内で、おらだの会の皆さまの飲み会に参加させていただいたこともありました。
沿線住民の方々とのコミュニケーションは、しっかりとできていることを把握できました。

↓山形鉄道 羽前成田駅 地域の方々が保全活動、利活用されています


↓山形鉄道 今泉駅 ノスタルジックなホーム 初めて伺った際、積雪130cm越えでした。

古い話に逸れますが、学生時代の野村浩志さんとのエピソード紹介いたします。
学生時代、野村浩志さんが計画立案した下記行程で、一緒に北海道ワイド周遊券を利用して二人で旅行に行ったことがありました。
函館市内での現地実習が予定されており、その1週前に計画しました。

上野駅から座席夜行列車(急行八甲田号)に乗り青森まで行き、津軽海峡線を乗り継いで、函館から洞爺湖温泉まで行き入浴、その後、札幌から釧路も座席夜行(急行まりも号)、霧多布で民宿に泊まり花咲ガニを食べましたが、私は猛烈な睡魔に襲われお風呂になかなか入れず、その結果、民宿のご主人に野村さんがかなり怒らました。
釧路から私の運転でレンタカーで阿寒湖、釧路から網走は釧網本線で原生花園などで途中下車、網走から札幌までも座席夜行(急行大雪号)、その後小樽から倶知安までSLに乗車しました。倶知安~長万部はバス、その後、函館本線移動し、大沼をレンタカーで観光し函館での現地実習に向かいました。
座席夜行列車が3度もあり、初めて夜行列車がこれでしたので、かなりきつかった記憶があります。

野村さんの著書「私、フラワー長井線「公募社長」野村浩志と申します」60ページに記載されている夜汽車で出会った添乗員との会話は、その列車の車両端にあった談話室みたいな席で、直に聞いていました。野村さんはしつこいくらいに添乗員の方を次々と質問し興味津々でした。私は途中で眠くなり席に戻り寝ましたが。。。

野村浩志さんは運動音痴でしたが、ハードな乗り鉄行程にものすごい耐性があり、まだまだ物足りない感じでした。
青春18きっぷの旅も大好きで、鉄道旅が根っから好きなんだと感じました。
都内でのアルバイトで、24時間交通量調査を行ったりもしていました。
郡上八幡や函館での現地実習、卒業論文の先生も同じでしたので、お互いあまり出席率は高くありませんでしたが、情報共有、切磋琢磨しながら無事卒業できました。1学年で必修単位であった第二外国語(ドイツ語)を、2人だけ4年次まで出席日数不足で再々々履修にもなりましたので、運命共同体のような感じでした。

話は戻りますが、野村浩志さんから携帯に電話がかかってくると、
「明後日の山形鉄道ツアー客受入手伝ってもらえないか」など、かなり急を要する依頼が多く(行き当たりばったり感はありましたが)、社内、知人ではマンパワー不足も多く生じたため、富山市から長井市までは車移動で約350キロ、片道5時間以上要しますが、休日返上で可能な限りその要望に応えるようしていました。古くからの友人を助けるため、旅費も含めほぼボランティアで採算度外視で対応しました。
野村さん曰く、一番依頼しやすかったようです。

↓山形鉄道 宮内駅での野村浩志さん


山形鉄道のツアー客を乗せた車内では、車掌さんが山形弁方言ガイドでお客さまを喜ばせており、方言ガイドを行っている最中に車内で山形鉄道グッズ販売を行ったり、長井市のゆるきゃら「バーニック」の中の人として、ツアー客のお出迎えしたこともありました。他、ツアーバス誘導、そして差別化要素を盛り込んだ作り込んだ企画立案など、弊社にとっても学び、他では出来ない唯一無二の貴重な経験でした。
実際の「現場」に直接触れることで、見えてくることが多かったと感じています。

↓野村さんが発案した「つり革オーナー」にも2年間協力いたしました。


↓山形鉄道方言ガイドの車掌さん同行し 山形鉄道グッズの車内販売、ツアー客受入の様子
 お客さまが鉄道乗車中、待機中のツアーバスに福袋踏み込みも行いました。








↓山形県白鷹町  パレス松風さんにて  企画打合せ後 柔和な表情の野村浩志さん
 
山形鉄道公募社長時代に感じたのは、沿線人口の少ない旧国鉄の赤字ローカル線を少しでも収益を改善するために、読売旅行時代の実務経験をいかし、知恵を絞り、特に観光面での集客に、コストを極力かけずに身を削って尽力されている印象を強く受けました。
深夜や早朝に、企画書、ツアーチラシ草案チェック依頼も多く、メール添付で原案を送ってくることも多々ありました。野村さんを支援するため、迅速に対応していました。

山形県南陽市にある宮内駅で、2010年に就任した「うさぎ駅長 もっちぃ」生みの親です。
当時はTV番組でもよく取り上げられていました。これはまず多くの人々にその存在を知ってもらうため、野村浩志さんのプレスリリース手法の賜物だと感じました。

宮内駅近くの「東北の伊勢」呼ばれる熊野大社の三羽のうさぎが有名であることから、農業高校ご出身の新入社員の方の思いをうけて、うさぎ駅長誕生させて無人駅であった宮内駅有人化も行い、多くの観光客受け入れも行うように取り組んでいらっしゃいました。

↓山形鉄道 宮内駅 うさぎ駅長「もっちぃ」 

↓宮内駅に うさぎのモチーフライト 2014年に弊社より進呈


2011年に発生した東日本大震災直後の4月、うさぎ駅長+おきたま桜回廊ツアー約6,000名予約が入っていた全てがキャンセルとなってしまい、とても大変だったと話していたことが昨日のことのように思えます。

南陽市宮内駅前には、肉屋さんの店名が「花屋」、花屋さんの店名は「かめや」、八百屋さんの店名は「いしや」など、あまり知られていない面白そうな内容を売りとしてツアー客募集をかけ、結果、北海道や仙台からのツアー客が訪れて、フラワー長井線にも乗車いただいている実際に見た際、普段観光客がさほどいない場所でこれは凄いと感心したものです。

外部からの公募社長という立場ですので、「出る杭は打たれる」役回り(嫌われ役)をあえて演じ、企画、有名観光スポットが無いとされる地域でのガイドブックなどを作り上げるために、泥臭く汗をかき地元商店街回りにも奔走されていて、とても苦労も多かったことが鮮明に記憶しています。

↓ツアーにご協力いただいた沿線のさくらんぼ農家の皆さまと野村浩志さん


↓野村浩志さん編集「フラワー長井線ランド パスポート」と著書 


沿線人口が少なく自動車が無いと不便な地方ですので、定常利用者は高校生通学需要がメイン。
企業・学校などの誘致、移住促進も含め、定住人口増加ができれば良いですが、即効性のある取り組みの一つとして「観光集客」があります。

公募社長は外部から見ると注目を浴び、特に鉄道マニアの方からみると、羨ましがられる立場と思います。
しかし、実際のところ、赤字部分沿線の地元の方が社長となった際、廃線となった時の社長が地元の方だった場合、後世にわたって悪影響が生じてしまうため、地域外の人をあてがっているんだよと、二人で飲んだ時に語っていました。

会社の収益を少しでも向上させるため、同じような全国各地のローカル線活性化事業を手掛けていらっしゃいました。
上下分離への沿線自治体との協議にも熱心に取り組んでいました。
野村浩志さんの持論として、「上中下分離」があります。
「中」の部分、これは小さなローカル鉄道では、「売れるしくみ マーケティング」が弱く、ここを強化しないといけないと常々考えていました。
実際、公募社長として就任し、「中」の部分が弱いと感じたそうです。

当時、他社の支援事業よりもまず自社内優先すべきとか、廉価ツアー業者よりも高単価高収益ツアー業者をもっと増やすべきだといった点など、社内での意見対立が多かったようで、悩んでいることは野村さんを見ていてわかっていました。
中には、野村さんは人としては大好きですが、経営者としては最低だという方もいらっしゃいました。

様々な意見があるのは当然ですが、少ない人数で運営されているので、しっかりと互いにコミュニケーションをとり、前向きで同じ方向に進むことが出来ない限り、プラス方向に進むことはありません。
社長退任の際、社内の荷物整理、自宅に持ち帰る荷物整理手伝いに来てほしいと依頼がありました。
実際に伺ってみると、他に手伝う人は無く野村さんと私の二人のみで行いました。現地に行くと、社内で孤立した雰囲気を感じました。
この点は、長井市議会でも取り上げられていました。

上手くコミュニケーションとって、同じ方向に向いて進めていくことに腐心していましたが、上手くいかないことも多くストレスが蓄積されていったようです。

野村さんご本人のためになると思ったことは、厳しいことでもあえて指摘するようにしていました。
個人的な悩み事相談を含め、知恵出し協力依頼で野村さんから電話がかかってくると、私自身も仕事の面、プライベート面ともに、野村さんに相談することも多くありましたので、常に長電話となり2時間を越えるケースも多くありました。電話の電池切れで途中で切れることもありました。

2013年1月、弊社に来社いただいた際、氷見の民宿で語り合ったことがありました。
山形鉄道社長を4年で退任したいという相談が野村さんからあり、日本観光鉄道として独立し、自分のやりたいことを事業として立ち上げることを相談されたことがありました。
やりたいことが明確に決まっていて、そちらを目指すこと自体、とても良いことと思いました。その時に、具体的な事業計画も見せていただきました。
周囲にとやかく言われることなく、自分の考えで各地のローカル線、ローカル線沿線活性化事業を進めたいという、野村さんの強い意志を感じる内容でした。
ただ、私から見ると、公募社長という立場なので、珍しさで注目されている部分があるとも感じていました。
そのため、山形鉄道公募社長の立場で、目に見える数値でしっかりと結果を出し、せめてあと2年、2015年まではやるべきだと進言したことがありました。

野村さんはその進言通り、2015年までの6年間努めあげました。

その2013~2015年の2年間には、豪雨災害も発生し、おりはた駅近くのフラワー長井線橋脚流失など被害が生じ、また自宅の階段から足を踏み外し左足を骨折されたこともありました。辛い2年間だったと思います。

退院直後のお盆期間、ご家族が帰省されている期間、野村さんのご自宅に3泊し、愛犬の散歩など身の回り世話をしながら今後仕事の話をしたり、当時、西日本地域の某三セク鉄道会社の社長公募の話があり、推薦するから受けてみないかとかなり強く要請されました。
しかし、当然現在の事業があります。野村さんの苦労もよくわかっていたこともあり、その期待に応えることなくその依頼はきっぱりと断りました。

この頃は、同じような公募で3セク鉄道会社の社長となった方も複数いらっしゃった頃ですが、率先して行動し実行できる数少ない方だったと思います。

業界裏話も他山の石として話を伺うことも多く、全く求められる結果を残せず任期途中で更迭されたある社長の事例を、詳細にわたり説明いただきました。
外からは見えずらい小さなローカル鉄道会社経営の難しさや裏側、直面している「本当の課題」に真摯に向き合うことなく、自身の箔付け目的で踏み台としている方が一部いらっしゃることも知りました。


昭和レトロをこよなく愛し、ダジャレと料理が好きで、ご自宅に伺った際、幾度となく手料理でもてなしていただきました。

山形鉄道フラワー長井線に「時庭駅 (ときにわ)」という駅があります。
その駅近くを野村さんを乗せて車で走っていた際、
「合唱コンクールで「気球にのってどこまでも」歌ったよね~。ときにはなぜか、大空に 旅してみたくなるものさ・・・」 と横で歌いはじめるような方でした。

自治体主催などで実施される「シンポジウム」「パネルディスカッション」に、パネリストとして講演会後に参加するケースが多く、
海外の事例を自慢げに話す登壇者であったり、現場で数値を稼いだ実績のない登壇者(評論家)の学術論、理想論を話を聞いても・・・。その効果に疑問を呈することが多く「進歩しないジウム」とダジャレまじりで話していました。

野村さんは新潟に住んでいたことがあるので、新潟名物「イタリアン」「バスセンターカレー」などを自らの手料理を振る舞っていただきました。

↓野村さん手作りの新潟イタリアン、バスセンターカレー、ビビンバ
 ご自宅でいただいた料理です



↓野村浩志さん 昭和レトロ コレクションの一部


↓昭和レトロ展 (岩手県大槌町開催時) 写真右端が野村浩志さん 本人提供 
 

ラーメンも好物で、弊社に来社いただいた際、多くのラーメン店に連れて行きました。
「富山ブラック」が有名ですが、ブラックではないラーメン店にも数十軒行きました。弊社に来社いただく前に、予めにラーメン店をご自身で調べていて、次はこの店に連れて行ってほしいという要望も多かったですね。

山形のラーメンに比べ、富山のラーメンはブラックラーメンでなくても全体的に塩分高めとの指摘もありました。「金ちゃんラーメン 本店」のラーメンを食べるとすごく優しい味でしたので、なるほど富山のラーメンは塩分濃いという指摘もその通りだと思いました。

山形はラーメン外食消費額が全国トップとなる年が多い土地柄でもあり、こちらから山形に伺った際には、野村さんの推しのお店に案内いただくことも多かったです。現在は閉店されてしまいましたが、野村さん一番のおすすめはおりはた駅近くの「金ちゃんラーメン本店」。5回ほど一緒に食べに行きました。
他、白兎駅と蚕桑駅間にあります「馬肉ラーメン まる久」さんもお気に入りでした。3回一緒に食べに行きました。

↓金ちゃんラーメン本店 さん (現在は閉店)



↓馬肉ラーメン まる久 さん



↓富山駅前 深夜のバスラーメン屋台ひげ さん


また、絵がとても上手く鉛筆で描いたローカル鉄道の鉛筆画を初めて見たときには、ホント多才な方だなという印象でした。

↓野村浩志さんの鉛筆画作品 ※本人提供

野村浩志さんが2015年山形鉄道社長退任後、独立して「日本観光鉄道」を立ち上げた後、全国各地のローカル鉄道を絡めた地域活性化事業にて提案書作成を部分的に弊社が作成を行ったり、協業させていただくケースも多くございました。
イルミネーションと関係がない案件が大半であったものの、私は元々IT企業にて、業務改善、システム提案、要件定義などを主に経営者層に行っていましたので、そういったノウハウ、経験、視点を盛り込み、野村浩志さんをサポートいたしました。

弊社所在地の富山市をはじめ、関東・関西方面で共に活動したり、山形、富山、三重、京都などで、寝食を共にしながら何度も今後の互いの事業について幾度となく知恵だしを行い、今後の進め方を話し合ったものです。

野村さんは、原稿の締め切りに常に追われている作家(漫画家)のような感じがあり、チラシ原稿、補助金申請書面を作成しているイメージがありました。
社長としてのマネジメント業務、スケジュール管理は、不得手なタイプと感じていました。ご本人もその自覚はあり、日本観光鉄道として独立した後、私に野村さんのマネジメントを行ってほしいと依頼されたこともありました。

日本観光鉄道として独立後、学生時代から本人のお気に入りであった奥会津地域、特にJR只見線沿線の活性化に軸足を置き尽力されていらっしゃいました。
様々な補助金を引っ張ってきたり、沿線自治体、沿線で活性化事業に取り組んでいらっしゃる皆さまとともに、軽バンで走り回っていました。
宮城県のひなびた温泉旅館などのコンサルティングにも精を出していました。
只見線沿線 福島県 柳津町の温泉旅館を拠点に活動しており、自宅よりもこちらの旅館に滞在する日が多かったと、野村さんご本人や奥さまから伺いました。
こちらの旅館のご主人のお人柄、そして温泉泉質が素晴らしく、私は今でも時折お邪魔させていただいております。

只見線沿線はとても自然豊かであり、野村さんはよく「只見川はまるで山形の串刺し玉こんにゃくのようにダムが連なっているので、どこも川の流れがゆったりとしている」と語っていました。
只見線列車も速さを競うことなく、ゆっくりと走っています。季節ごとの風景が、日々の疲れを癒してくれる地域です。
JR只見線は2011年の水害にて大きな被害をうけ、10年以上も部分的に不通となっていましがが、2022年10月1日に全線再開通しました。
全国屈指の秘境路線として、国内はもちろんのこと、主に台湾からのインバウンド客に高い人気を誇っています。
只見線沿線活性化に携わっていらっしゃる皆さまからも、とても慕われていました。

↓直前まで野村浩志さん連載記事が掲載された 福島県会津地方の情報誌「会津嶺」

JR只見線にて企画した「プレミアムブライダルトレイン」が、「鉄旅オブ・ザ・イヤー・2018」グランプリ受賞されるなど、企画力・実行力に長けた方でした。

↓2018年 旅行会社部門 グランプリ受賞時の賞状 ※本人提供 


このように、アイデア・企画で勝負する方で、実際の集客数も「実数」でわかります。ありがちな「経済波及効果」ではありません。

山形鉄道公募社長時代、旧車(国鉄型など旧型車両)を走らせる計画はある?と聞いたことがありました。
全く眼中になく、維持管理費が膨大になり部品供給、人員確保も難しく、桁違いの膨大なコストをかけたところで、それがいつまで動くのか、いつまで活用できるかわからない。ハイリスク極まりなく、身の丈にあわず、人口集積地域から遠いため、それはやらないという信念がありました。

私はよく「野村テンプレート」と呼んでいましたが、彼が培ってきた手法を様々な地域に当てはめ活動されていました。彼の手法では、現状無名な地域であっても観光集客できてしまうツアーがよく出来上がりました。

2024年1月1日「能登半島地震」発災直後、震度5強の揺れとなった富山市に津波警報が発令されたため、避難している最中、野村浩志さんから「大丈夫か?」と電話がかかってきました。そういった気遣いができる優しい友人でした。

如何にして只見線沿線地域に人を呼んでお金を落としてもらえるか、様々な取り組みを行っている最中、急逝されました。只見線沿線ガイドブック発行に向けた取材を行っていました。
まだまだ志半ばであり、野村浩志さんご本人が一番無念であったと思います。

野村さんはイルミネーションも好きで、自費を投じて社長就任直後、フラワー長井線長井駅を大々的に飾ったこともありました。
弊社としましては、野村浩志さんの志を引継ぎ、全国各地でのイルミネーション、ライトアップ事業のみならず、沿線人口減少が続き赤字に苦しむローカル鉄道沿線地域活性化、夜間観光コンテンツ造成、着地型観光商品開発などの形で尽力し続けたいと考えております。

今でも野村さんから長~い電話がかかってきそうな感じがしますが、きっと好きなローカル線が走っている地域にあちらこちら勝手気ままに出かけていると思います。

長きにわたり、本当にありがとうございました。


以下、野村浩志さんとの思い出のごく一部です。
いずれも弊社にて撮影いたしました画像です。

↓2014年12月 富山駅 特急はくたか号
2014年に富山県氷見市で開催された「終着駅サミット」講師終了後、山形へ戻るに撮影


↓終着駅サミット in 氷見 基調講演


↓富山県高岡市 万葉線 ドラえもんトラム


↓富山県高岡市 おとぎの森公園


↓富山地方鉄道 稲荷町駅


↓0系新幹線 大宮鉄道博物館

↓岐阜県 長良川鉄道さん 同行訪問時

↓石川県 のと鉄道さん 同行訪問時


↓三重県 三岐鉄道北勢線車内 ナローゲージの車窓を楽しむ野村浩志さん


↓三重県 近鉄八王子線 (現 四日市あすなろう鉄道)


↓三重県熊野市紀和町 トロッコ電車 



↓茨城県 ひたちなか海浜鉄道さん 阿字ヶ浦駅 ※野村浩志さんと協業



↓秋葉原 旅行代理店・プレス向け商談会
 南陽市熊野大社 北野権禰宜とともに、中国人民日報女性記者に「フラワー長井線ランド」構想について説明中


↓山形鉄道フラワー長井線 長井駅 ツアーのお客さまお出迎え


↓野村浩志さん編集 ガイドブックの一例


↓山形鉄道 蚕桑駅イルミネーション(弊社 東日本大震災震災復興ボランティア事業)
二度にわたり実施いたしました



↓野村浩志さんからいただいた 野村さんが中学の頃 実際に読んでいた書籍
「最長片道切符の旅」 
 

↓増え続けているローカル線無人駅 ~居心地の良い空間演出で利活用を~↓

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